2015/09/13

わたしはロランス

とても久しぶりに文章を書きます。

そして、久しぶりに劇場へ足を運びました。
2013年に公開された『わたしはロランス』。
当時劇場で見逃したことを惜しんでいた一作品。
グザヴィエ・ドラン最新作の『Mommy』にあわせて、
地元の劇場でドランの特集が組まれ、2日間だけの再上映。



愛おしさも慈しみも、怒りも悲しみも、
どの感情もすべてがまっすぐに、
すべては愛であるというたった一つのメッセージ。
つかみどころのないものかもしれないけれど
確かにそこにあって、目に見える。
心の目に、しっかりと焼き付いて
そのあとのヴィヴィアン佐藤さんのシアタートークと
風景と食設計室ホーの映画のシーンを切り取ったフードインスタレーションで
その空間にいたみんながわたしはロランスの時間と
それぞれの感情やこの映画に対する思いを共有しあった。

性別も国籍も環境が違っても、きっとその垣根を超えるのは愛。
それでも、
常識やあるべき姿、または自分自身が描く理想や、周囲の声などに
影響されて、つまずいて、悩んで、
まっすぐで純粋な想いを貫くのは難しい社会。
その踏み出せない境界線でもがいている。
立場が違っても、そういう想いを持っている人がきっと沢山いる。

良い・悪いだけでは判断できない、選択。
普通といわれるものを選んだら、それが幸せなのだろうか。
異質と感じられるものを選んだら、それが不幸せなのだろうか。
守りたいものと、貫きたいものを天秤にかけざるを得なくなって
片方しか選べないこともある。
白か黒かで決めつけてしまうのは、
一つのものさしでみた場合であって、
違う方向からの景色は全く違っていることは多くある。

感情を相手に投げてさらけだして喜び、悲しみ、涙する、
人々の姿は人間らしさがにじみ出て、美しさがあった。


自分の感情にうそをつかない、まっすぐな愛を持って生きていたい。