2017/11/23

    

 窓の外に目をやると秋の青空と山の紅葉が次々と流れてきて、道路わきのススキが揺れてキラキラとしている。なんだか肌寒いなぁと感じて後ろをみると、いつのまにか運転しながらタバコを吸うために窓をあけていた。この日、オペラを観に出かけた。プッチーニ作「トスカ」を映画監督の河瀬直美さんが演出するとどのような舞台になるのか観てみたかった。全編イタリア語でステージの両サイドに日本語の字幕が流れ、ストーリーは忠実でありながら古代日本を想起させる「牢魔(ろうま)」という架空の舞台を設定。悲劇の物語の中に生と死、命の尊さ、愛を描き、とくにエンディングの演出は一筋の光が印象的で未来への希望を感じさせて美しかった。個人的には光(ライティング)の使い方と、舞台美術と衣装がとても好みだった。

2017/11/17

    

 灯りが消えた建物の前を何度か通った。休日と営業時間を調べずに行くため、暗がりの道を過ぎても今日もタイミングではなかったんだな、と諦めもつく。3度目(または4度目?)に立ち寄ってようやく窓の外にもれる光が見えると冬に近づく夜のなかでよりいっそう温かく感じた。その時渡された1枚のDMは、ある工房展の案内。会期をみると明日までだった。勧めてくれた女性が、「きっと元気をもらえるよ」というので、翌日行くことに決めた。
 住宅街の中にあるアトリエ兼自宅の建物はそれはわかりにくいところにあったけれど、最終日の会期終了間際でもたくさんの方で賑わっていた。初めてお会いしたアトリエを営む女性は透き通った目の美しい人だった。窓辺に一台の織り機が置いてあって織りかけの茜色の糸がキュっと詰まっていた。顔なじみのお客様へ丁寧に声かけつつ、一人、また一人と玄関先まで見送られて、いよいよ外も真っ暗になって、3人が残った。織り物を27歳の時からその女性を師として学び続けていて、九谷焼作家の父や兄を持つ人と、織り物にほれ込んで工房展に度々来ておられる人、滑り込みのわたし。お茶をいただきながら、テーブルに目をやると石が3つ。聞くと、ケベックにいる友人からのプレゼントらしい。なんとも言えない表情の石は、なんと藻のかたまりだった。すべすべとした優しい触り心地。「自然って完璧よねぇ、かなわない」と穏やかな言葉がふわふわとその場に浮かぶ中で、ほれぼれと自然にできた美しい曲線をみんなで眺めた。ここしばらく、言葉にならない何かを心に含んだまま手放せずにいた私は、まるでデトックスでもされたようにすっきりとした気持ちになった。
 この感覚をできるだけ持続していたい、と思う。それなのに、毎日の出来事であっという間にまた蓄積していく、いろいろな気持ち。いつもクリアでいるって本当に自分の心が強くないとできないけれど、誰かに会ったり、何かを観たり、感じたり、誰かが作ったもので喜んでくれたり、笑顔になったり。そういうことで自分が元気にしてもらって、助けられて、支えられているなぁと感じることばかりです。

2017/11/11

         

バオバブの種
日本では育てるのは難しい

熱気のこもった興奮ぎみの声
大切な人が嬉しそうだとわたしも嬉しい
ようやく芽が出たね

閉じた眼
もう開かない、声も聞けなくなってしまった


2017/09/21

     

 久しぶりに友人に連絡してみると、仕事終わりに迎えに来てくれたのでさっと街へ繰り出した。東京に住んでいたころは相談相手としてよく連絡していたり帰省の度に連絡をくれて会っていたというのに、いざ拠点をこちらに移すと年に1~2回会えばいい方で、互いに音信不通で早3年。でもそれが疎遠という気がしないのが、この関係のいいところだと思う。
 
 心なしかカウンターで並んだ横顔も体も薄くなったように見えたが、春からランニングをはじめたらしく、その効果あって7㎏落ちたそうだ。運動を継続すると、ちゃんと結果が目に見えて現れることが実証されていると、これまで走ろうといいながら全くランニングシューズの顔も見なかったわたしがちょっとやる気になっている。それもこれも、豚のようにまんまるとした写真のせい。

 呉西で配布されるフリーペーパーJOJOJOの取材を受けたのが先月。その記事が9月15日発刊で現在各所に設置されている。トップページに持ってきたいと言われ、一面に載るこの姿と言ったら。(はぁ、とため息もでる)

 某ホームセンターにも自動ドア付近には自宅でできるステップ運動の器具や、スリムアップベルトなど運動(ダイエット)コーナーが設けられているのを横目で見ながら、友人から送られてきたカロリーの少ない食生活の報告やなんと彼女もテレフォンショッピングに手を染め3週間後にやってくる器具を心待ちにしていると聞くと、今まで右から左へ流して時にはネタにして🐷ちゃんマークを送ったりしていた自分に喝を入れて、走ろうかなと思っている。

 話が脱線しましたが、JOJOJOよかったらご覧ください。


2017/09/16

     

 お互いにやることを終えて向かったけれど、開演時間は過ぎていた。でも走らず話す余裕が持てたのは、夜の市街地を歩く時間さえも嬉しかったからかもしれない。
春にある舞台のお手伝いをしていたパートナーが、今まで裏方でまったく機会のなかったお芝居を観て、また舞台を観てみたいというのでチョイスしたのが「鎌塚氏、腹におさめる」。何の知識もなく選んだあとで公式サイトで予習でもしてみようかと調べてみたら、2011年よりスタートした鎌塚氏シリーズの4作目だった。コミカルでウィットに富んだテンポの良いストーリー展開で笑いながら楽しめた。つまらない(または疲れている)と寝てしまうだろうなぁという心配は無用だったようで、隣から聞こえる笑い声に、内心しめしめと心を掴めたような気持ちになった。
 終演後はすっかり外も冷えていたけれど、お互いに満足しているので足取りは軽く、元気をもらって帰ってきた。お腹がすいたので近くのスペイン料理店に入る。店員が季節料理を紹介してくれ、うさぎのアヒージョといのししのベーコン、松茸のオムレツがお勧めだというのでそれらを注文した。いのししとうさぎはそれぞれの干支になるので共食いだのなんだの言いながらも始めにでてきたベーコンはすでに加工された肉、腹ペコなのもあり食がすすむ。
 オムレツのお皿もきれいになった頃、うさぎのアヒージョがやってきた。わたしたちは衝撃を受けた。うさぎの顔が皿の上にそのままいる…。二人しばらく無言。でもカウンター越しのシェフもサーブした店員も、「頬が柔らかくて美味しいんですよ〜!」と口を揃えていう。これまでジビエ料理を食べたことはあったが、いざ目の前にあるとナイフがなかなか入らなかった。自分が日頃命をいただいている感覚がなかったのだと、強烈に感じた。いくらそういう話を聞いても読んでも、そのときの共感は軽いものだったのではないかと思うくらい、突き刺さる実体験は本物だった。お店側にしたら、頼んでおいて何言ってるんだと思っていたかも知れないけれど、それが正直な感想。お会計を済ませた後店を出るわたしたちを追いかけるように慌てて半分閉まりかけたドアを開けて、「またお待ちしていますね!」と笑顔で見送ってくださって、慌てて来られたものだからドア枠に頭をぶつけて恥ずかしそうに笑う店員さんがまた可愛らしくて、なんだか嬉しかった。

2017/09/12

 

久しぶりに再会すると、それぞれの道を歩んでいることを実感する。しばらく会っていないうちに一回り強くしなやかになった印象を受けた。ものすごく変わったようで、当たり前だけど話し方も雰囲気もそのままでホッとした。空白の時間はさほど感じず、あの時と変わらず話せるのはお互いに時間が必要だったということかもしれないし、自然に離れてもときどき流れがピタッと重なるときがあるということかもしれない。
 

2017/08/26

なかなか眠れない夜に、久しぶりに映画を観た。Huluの公開期限が迫っていたのもあって選んだ『風と共に去りぬ』。
母が大好きな映画の一つで、実家の本棚には『風と共に去りぬ』から続編の『スカーレット』の単行本までそろっていた。(のを、実家を出るときに持ってきて手元にあるのだけど、完読できた試しがない。そしてあとになって、DVDをいつでもみれるように買っておいたことに気づく)
まともに映画を通してみるのは2回目。初めて見たのは母と一緒だったから結構幼いころだと思う。スカーレットとレットの恋愛映画の印象が頭の片隅に残っていたくらいで細かいストーリーをすっかり忘れていたけれど4時間に及ぶ長編を見終わって、何より強烈に残るスカーレットの女性像。利己的で勝ち気で強気で型破り。でも自分に正直で懸命に生きる姿が魅力的に映って、勇気をもらったような爽快な気持ち。自分とかけ離れた点が多いだけに「こんな風になりたいな~」と思った。

そんな話をお好み焼きを食べにいく道中でパートナーにしていたら、大学生のころ突然絵を描きたくなって『風と共に去りぬ』のポスターを模写してとても良く描けたというものだから、じゃあ帰ったら絵心対決をしようとなって。なぜかアップルにわたしの似顔絵を描いてもらうことになった結果が、これ。


からの、パソコンを開いてライトがついて、手を加えての、これ。


こんな悪ふざけをしていたものだから、大事にしていたガラスの花器を割ってしまって(ほんとに自業自得)水びだしになった床とガラスの破片を片付ける作業が増えて、あぁ、ほんとわたしってどうしようもないなぁと。。

だけど笑って眠れて、早起きした朝が涼しくて気持ちよくて。戻ってきた暑さに日中はまだまだバテるけれど、秋はやっぱりそこまで来ているのね。