やることは山積みだけれど、今年数回しか会えなかった姪っ子と甥っ子にクリスマスプレゼントを届けに行ってきた。小学生になった姪っ子は前歯が抜けていて、ランドセルを触る姿も板についていた。よくしゃべるわんぱくなどんぐり坊主の甥っ子は容赦なく肩に乗って私をアスレチックの道具のようにしたりくるくると宙返りしたり、元気が有り余っている様子。さすがに対応できなくなってヒーターの前に座る私を見て(無意識で移動していた)、妹は、相変わらずヒーターが好きだし冬は使い物にならないね、と笑った。大好きな家族。いつもありがとう。
photo by kiiko
2018/12/15
2018/12/09
そろそろ来年の手帳の封をあけなくてはと思って、モレスキンを手にとったらうっかりニューヨークで買ってきたものがハードカバーであることにようやく気がついた。ソフトカバーのだんだん分厚くなってよれよれになってくるところが好きだったのに。旅先で舞い上がって購入したのが失敗だった。
つい先日、12月の新月だった。20代前半に『新月のソウルメイキング』という本を購入してから毎月続けている習慣の一つに「新月にお願いごとをかく」がある。星読みができるわけではないけれど、このいて座の新月から2019年に向けて助走が始まっているような前向き物事を捉えて進んでいけそうなよい流れがあるようで、12月で終わりの手帳に書き込んだ。来年のことは本当に未知数。想像がつかないだけに、いいイメージを持っていたい。
つい先日、12月の新月だった。20代前半に『新月のソウルメイキング』という本を購入してから毎月続けている習慣の一つに「新月にお願いごとをかく」がある。星読みができるわけではないけれど、このいて座の新月から2019年に向けて助走が始まっているような前向き物事を捉えて進んでいけそうなよい流れがあるようで、12月で終わりの手帳に書き込んだ。来年のことは本当に未知数。想像がつかないだけに、いいイメージを持っていたい。
2018/12/05
青葉市子のライブがとてもよかったことを記録しておこうと思う。
リリースされた最新アルバム「qp」を聴きながら最近過ごしていた。映像はyoutubeで細野晴臣の「悲しみのラッキースター」のカバーをみたことがあるくらいだったしライブも未体験だった。透き通る声とギターの音色を、制作中やただ考え事をしているときにBGMに流していた。
知識もさほどないまま迎えたライブは本当にいい意味で衝撃だった。
妖しげにひっそりと登場し、静かに腰かけ、動作ひとつひとつゆっくりと行われ、観客の視線を一瞬で集めた。隣に立つスタンドライトでぼんやりとみえる美しい服はmameのものだった。
何曲か続けて歌う声や姿にだんだんと吸い込まれていった。儚い妖精のようにも見えるし、どこかに誘う使者にも見えた。少女のように可愛らしくも、色気のある魔女のようにも見えた。CDを聴いていたときには想像しなかったような歌う姿とその場の空気に何度も衝撃を受けた。
あの時の感覚は言葉にすることはとても難しく、またCDをその後何度聴いても同じような感覚にはなれない。ライブの充実感や満足感だけで片付けられないような、すぐに消化することができない気持ちが残っていた。少し浮遊したようにふんわりとつつまれているこの不思議な感覚は誰かと会話するほど現実に引き戻されそうで、足早に帰った。
もちろん同じになれなくて当たり前だけれど、あれは青葉市子の魔法にかかっていたのだと思う。あのお座敷はまるで青葉市子の「月の丘」のように招かれた場所だったのかもしれない。月の栄養になっていく、呼ばれた人たち。魔法をかけられた、元の場所へ帰っていくわたしたち。
2度とない一夜限りの夢の後、現実に引き戻されることを覚悟して、着信のあったパートナーに折り返し電話をかけた。その時に、本当に相手を愛おしく大切に思えた。ここしばらく、小さなことに腹を立てたり、些細なことが目についていたことを流すことができていた。23度の冷房から出てきた妖精が丸めてもっていってくれたのだろうか。
優しい気持ちがずっと残って、余韻が続いている。
小さくなっていた自分の世界に風と通してくれたように思う。
2018/11/06
この間、思い起こすように書き溜めたMOMAでの出来事が誤って消えてしまって、すっかり書く気を落としてしまった。しかし書いていたときに気づいたのは、今でも「夢」に出会うまでの自分の胸の高鳴りや目にしたときの抑えきれない感動は、覚えているということ。その時に出た涙のように目頭がじんわり熱くなり、絵の中に入り込んでいたときの感覚がちゃんと体に記憶されていると実感できる。ニューヨークがとても楽しかったという感想より、MOMAに行けたこと、ルソーの「夢」をみて心がとても揺さぶられたこと、モダンアートの面白さを実感できたことで十分だった。
小さな頃から母親に連れられて美術・芸術にふれる機会がたくさんあった。美術館に行くのも、いろいろな作品を見るのも好きだったけれど、アートの見方がわからないと思っていた。感覚的に好みかそうでないかや、すごいなぁ、不思議だなぁ、という単純な感想だけだった。でもだんだんと画家にどんな背景があって、どんな時代を生きて、どんな思いだったか想像したり、自分をどこか重ね合わせてみたりすると面白くなってきた。楽しみ方は自分の中にあるのだと知った。
印刷や画面でみるのと、本物は全く違う。自分の目で確かめたい。
小さな頃から母親に連れられて美術・芸術にふれる機会がたくさんあった。美術館に行くのも、いろいろな作品を見るのも好きだったけれど、アートの見方がわからないと思っていた。感覚的に好みかそうでないかや、すごいなぁ、不思議だなぁ、という単純な感想だけだった。でもだんだんと画家にどんな背景があって、どんな時代を生きて、どんな思いだったか想像したり、自分をどこか重ね合わせてみたりすると面白くなってきた。楽しみ方は自分の中にあるのだと知った。
印刷や画面でみるのと、本物は全く違う。自分の目で確かめたい。
2018/10/26
2018/10/03
ニューヨークにいた日々が遠い過去のようになりつつあります。感動した気持ちを忘れないように、新鮮なうちに言葉に残しておこうと思っていたのに帰国してから早2週間です。
旅の目的はMOMAにある、アンリ・ルソー作 「夢」を観ること。原田マハさんの『楽園のカンヴァス』を何度も読み、死ぬまでにこの絵の前に立ってみたいと思い続けてきました。出発の数日前からなんとなく行き先をピックアップして、スムーズに入場する方法、美術館やお店の営業時間、休みなどを確認して、MOMAに行くのはニューヨークに到着して3日目に予定していました。(はじめは違うところに行き、目的の場所は中盤に取っておこうとする気持ちと休館日なども間に挟んだため) ところが行きの飛行機で再度読み返し、鼓動がおさまらないのです。いよいよ長年会いたいと想い続けてきた人に会えるような気持ちで落ち着かない。本の表紙を眺めてみたり、座席のポケットにしまったのにまた取り出したり。そうこうしているうちにJFK空港に到着しました。
日本にいる間にUberのアプリを取って、生まれて初めて呼び寄せたドライバーは笑顔が素敵な高評価のインド系の男性でした。カレーが好きなのでオススメのお店を聞くとちょうど宿泊先のホステルから徒歩圏内にあると行って、お店に寄り道してくれました。(後に滞在中に行ってみました)「どうしてニューヨークに来たの?」と聞かれたので「MOMAに行くため」と答えると、「今日行くのかい?」の返事に迷いが出てきた。
スーツケースを預けて、地下鉄に乗って、街へ向かうことに。
#newyorktrip
旅の目的はMOMAにある、アンリ・ルソー作 「夢」を観ること。原田マハさんの『楽園のカンヴァス』を何度も読み、死ぬまでにこの絵の前に立ってみたいと思い続けてきました。出発の数日前からなんとなく行き先をピックアップして、スムーズに入場する方法、美術館やお店の営業時間、休みなどを確認して、MOMAに行くのはニューヨークに到着して3日目に予定していました。(はじめは違うところに行き、目的の場所は中盤に取っておこうとする気持ちと休館日なども間に挟んだため) ところが行きの飛行機で再度読み返し、鼓動がおさまらないのです。いよいよ長年会いたいと想い続けてきた人に会えるような気持ちで落ち着かない。本の表紙を眺めてみたり、座席のポケットにしまったのにまた取り出したり。そうこうしているうちにJFK空港に到着しました。
日本にいる間にUberのアプリを取って、生まれて初めて呼び寄せたドライバーは笑顔が素敵な高評価のインド系の男性でした。カレーが好きなのでオススメのお店を聞くとちょうど宿泊先のホステルから徒歩圏内にあると行って、お店に寄り道してくれました。(後に滞在中に行ってみました)「どうしてニューヨークに来たの?」と聞かれたので「MOMAに行くため」と答えると、「今日行くのかい?」の返事に迷いが出てきた。
スーツケースを預けて、地下鉄に乗って、街へ向かうことに。
#newyorktrip
2018/05/19
上映最終日、ほとり座にてニワトリ★スターを観てきた。DV・レイプ・ドラッグなど、観ていて気分が悪くなるシーンもあったが、終わってみるとひとすじの希望と元気がもらえる映画だった。
上映後のかなた狼監督と井浦新さんの舞台挨拶で、「現実で起きている残忍な事件や様々な暴力(体に受けるだけでなく心に傷をおうものなど)があってもニュースではどこか他人事のようで、むしろ映画で観るシーンから悲惨さや恐ろしさを実感する場合もある。観る側の咀嚼の仕方によって何かのきっかけになることが映画の役割である。」と話しておられた。こういった表現が昭和の時代には当たり前のようにあって、それが表現として人々の間で認識され娯楽としてもとらえられていたのが、地上波で上映不可なことはもちろん、いろんな規制がかかって表現の幅が狭まっている現状を製作する角度から話される言葉には蓄積されたフラストレーションが感じられた。「気持ち悪いと感じられるのが自然な感情なんです。これに慣れてもらっては困る。」 激しいシーンを監督は怒鳴りつけながら撮影されたそうだ。中途半端なことを一切せず、しっかりと見せるすごまじい熱量から、どれほど神経をすり減らしてこの作品ができあがったのか、直接聞くことができたのはとても貴重な時間だった。これだけ本気で作られた映画を久しぶりに見たように思う。重ねて観ると、いろんな捉え方ができる作品だった。映画っていい!って心から思えた。
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