2019/02/22

悩むと考えるは違う

あぁ、また気配りするポイントがずれているんじゃないかな?と対応を見ながら思う。そしてわたしはまたがっかりさせられている。やったこと自体が悪いのではなく、それをするまでの考えが何もなく、思いつきのようで浅はかだなと感じるところに腹を立てているのをきっとわかっていないだろう。(ただ拗ねてるぐらいにしか思っていなさそう。)物事の考え方や価値観がピタっとはまるときも違和感を感じることも、どちらもあるというのが自然なのだと思う。むしろ何もかもが同じ方が不自然なのだ。(世の中にはほんとうに似たもの同士の場合ももちろんあるだろうし、それが自然な人もいるだろうから、これは私たちの場合だ。)今までは傷つくことがあるたびに、その生じた出来事と自分の感情だけに覆いかぶさってしまって、負のループから全然抜け出せなかったのだけど、この頃やっと(すでに起きてしまった)事実として受けとめて自分のその時の態度を客観視したり相手のことを考えたり、関係を見つめ直すことが少しだけ、できるようになってきた。悩むと考えるは違う、と以前勤めていた事務所のKさんに言われたのを思い出した。検索してみると、悩むは思い煩い過去の視点で捉えつづけること、考えるはゴールに向かって未来の視点で物事を捉え変化を起こすプロセスのことだそうだ。きっと未来をよりよくしたいという気持ちが、ある日扉が開いたように悩むと考えるの違いを気づかせてくれたように思う。こうしていろいろぼやいているけれど、大事な人と、大事な人が大事にしている人たちと一緒にいる未来を思っているし、私に関わってくれる人も自分自身も楽しく気持ちよく生きていける未来を想像したい。